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2010.09.01 命の値段
チリ北部の鉱山落盤事故のニュースを見ました。
なんでも33人が生き埋めになっていて救出には3ヶ月を要するとか。
みなさんはそののニュースを見て何を思いましたか?何を感じましたか?

僕はなんとも表現しようの無い気持ちになりました。
一番強く感じたのはなぜこの人達の命の値段が今回跳ね上がったんだろうか?
という疑問。


確かに目の前に救うことができる命があるのなら救うべきです。人道的にみてそれは間違いない。
僕が中に閉じ込められている人の家族だとしたら、なんとしてでも助け出してほしいと思うだろうし。
これは「救える命は救う」という原則に基づいているんでしょう。


でもかたや、どれだけ救いを求めても誰にも聞き入れられずに消えていく命があるのも事実。
世界中で飢餓で死んでいく人が一日辺りどれ位いるのか僕にはわかりませんが、
33人という数字と比べると圧倒的に多いはずです。
アフリカでインドでどれだけの命が簡単な理由で日々消えていくんでしょうか??
その人たちを助けることは本当にできないのか?
その人たちの命も救える命なんじゃないの?33人の閉じ込められた人と一緒じゃないの?
「救える命は救う」はずなのに一部ではそうなっていない。


NASAまで呼んでいくらの費用がかかるのかは知らないが、
おそらく今回の救出にかかる費用を飢餓に苦しむ地域に与えたとしたら、
数倍、数十倍のもしかしたら数百倍の命が救えるかもしれません。
これはかなり暴論ですが、「じゃあ33人は放っておいてそのお金をアフリカにつぎ込んでもっと多くの命を救おう」という考え方も否定はできない気がする。


だから「貧しい地域にたくさん寄付しましょう!」と言いたい訳ではありません。
僕は他人が寄付することにとやかく言うつもりはありませんが、自分はボランティアや寄付をしようとは思いません。自分の目の前に困った人がいたらもちろん手を差し伸べますが。
時として、残酷なほどに命の値段が変わるんだということを言いたい訳です。


これは奇跡の生還を作り出す人がいて
それを求める人がいる。
そして「奇跡の生還」にはとんでもない高値がつくということか。


こういうことはただ粛々とやればいいんだと思うんだけど。
命の値段ってなんなんでしょうね。
考えても考えても結論は出ないんだろう。


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