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今日の更新は写真がありません。
退屈なら飛ばしてください。
ふと感じたことをとりとめもなく書いてみました。



エチオピアの公用語はアムハラ語です。
聞いた話によるとエチオピアではあまり英語は通じないということだったのですが、
裏を返すとエチオピアは英語の侵食を受けておらず言語の独立性が高い。ということです。
ケニアにしろウガンダにしろ公用語は英語。
隣国はことごとく英語の侵食を許す中、
なぜエチオピアという貧国が言語の独立性を今まで保持できたのだろう??

不思議に思いつつ、その答えを求めにエチオピアへと入国したわけですが、
今のところその答えは見えてきません。
しかもエチオピアの観光地ではみんな結構英語を話します(笑)
英語が出来ると金になるってわかってるからでしょうね。
なんだ観光地は例にもれずしっかり侵食されてんじゃん。
今まで欧米からあんまり相手にされてなかったってことかなあ?
一時エチオピアはイタリアに占領されていたそうですが。



さて、本題に戻りますがそもそも言語とは何なのでしょうか??


僕は民族を構成する上での一つの重要な要素だと思っています。
つまり独自の言語を持ってるということがその民族の心のよりどころになっているんだと思う。

日本人なら日本語。
日本人の大半は英語を話すことができません。
中学校から大学まで11年も英語を勉強するのにいざ外人を前にすると何も言葉が出てこないという人も少なくない筈です。
これも裏を返せば「日本語の独立性が非常に高い」ということに他なりません。
日本に居て日本で生活する限りは英語など必要ありませんからね。
とはいえ、日本でも流行の歌は英語で歌われ、へんな和製英語が飛び交い、仕事の場面おいてもビジネス用語は英語が多いですよね。
本当は憂慮すべき事態なんじゃないかな?


これから英語はさらに世界中で支配的になっていくと思います。
小国はあっという間に飲み込まれていってくことでしょう。
ルーマニアだったかな?子供が自国語じゃなくて英語で話してそれが社会問題になっているそうです。
かつて中央アジア、コーカサスが旧ソ連のロシア語の侵食を受けたように。
ちなみに僕の大好きなカザフスタンは旧ソ連によってカザフ語を殆ど失っています。


戦後日本が主権を回復したサンフランシスコ講和会議で吉田茂が読み上げた条文は当初英語で書かれていたそうです。
それに白洲次郎は激昂し、すぐに日本語に書き換えさせてそうな。
それが巻紙での日本語演説になったわけです。

もしサンフランシスコ講和会議で吉田茂が英語のまま条文を読み上げていたら、
今頃日本の公用語は英語になっていたかもしれませんね。
そしてそれと引き換えに大事なものを失うことになったんでしょう。自国語というかけがえの無いものを。
まあこれは暴論ですが…

言葉は生き物だということを知りつつも、
いとも美しい日本語が美しいままで受け継がれていくことを僕は切に望みます。

本当にとりとめもまとまりもない文章になってしまいました。
結局僕は何が言いたいんでしょうか。
日本語はすごいってことかな?

最後まで目を通して頂き、ありがとうございます。
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