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久々のブログ更新です。
こういうテーマだとほとんど反応がないので書いててちょっとさみしくなるのですが、
自分の思っていることを文章化することって大事なことですよね。参院選近いですし!大いにみんなで考えましょう!
ということで徒然なるままに書いてみたいと思います。
皆さんも思うところがあれば、コメント、メッセージどしどし頂けると嬉しいです。
異論反論大歓迎。

まず今回のテロ事件で気になったことは2点です。
①「私は日本人だ!×3」発言
②実行犯が裕福な家庭に育ち、高等教育を受けていたということ。



まずは①の考察から。
被害者に鞭うつ意図はないんだが、俺は日本人だ!って言われても個人的には
「で?なに?日本人だから何なの?」って思ってしまう。
日本人だからバングラ人の味方なの?
日本人なら無条件で見逃してくれるの?
日本人はバングラ人より優れているってことなの?
日本政府はODAでバングラディッシュ政府に何百億も払ってるから言うこと聞けよ!ってことなの?
俺たちはお前らの国で技術のないお前らの為に橋作って道路作ってあげているんだから見逃せってこと??


考えれば考えるほど発言の意図がわからない。
ちなみにわが日本国は911以後のイラク戦争にてインド洋でアメリカの艦船に給油をしている。米軍への後方支援ってやつです。
イラクのサマーワにも自衛隊を派兵している。アメリカとは日米同盟という強固な軍事同盟を結んでいるのは周知の事実だと思う。
つまりアメリカの同盟国でイラク戦争でもアメリカ側についてイスラム世界を攻撃した当事者であるわけです。


じゃあISのテロリストに殺されても仕方ないよね。
だって我々日本国はアメリカと歩調を合わせてイスラム世界と対峙しているんだから。
十字軍の戦士である欧米諸国と歩調を合わせて実際に後方支援までしているくせに「日本は平和国家で我々は無宗教なんだから関係ないから助けてくれ!」って言われても虫が良すぎるんじゃないかな。

そしてODAの問題。つまりは金目。日本がバングラディッシュの為にどれだけお金払ってあげてると思っているの??
ってやつ。
無題


http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/000142158.pdf


なるほど!英国を抜いて一位ということは我が国は金はたくさん払っているようです。
でもさ、金払っているからなんなの??日本は途上国に感謝されて恩が売れて尊敬されるためにODA拠出してんの?
そんなくだらない精神だったらやめればいいよ。

僕はバングラディッシュには行ったことないので(スイマセン)あんまりいい加減なこといえないんですけど、
ODAがらみの「建設コンサルタント」なんて言葉をきくと、なんとも得体がしれないような嫌悪感をもってしまう。
旅しているときに発展途上国に長く住んでいる人からこの手の話はたくさん聞いたことがある。
もちろん僕はバングラディッシュは未訪だし、今回被害にあわれた方とは全く面識がないし、
国際貢献の為に高い志をもって一生懸命海外で働いている方もたくさんいることは事実でしょう。

ただ、ODAというドル箱は僕は魑魅魍魎の世界だと思っている。
政府役人-建設コンサルタント-ゼネコンこの三位一体の妖怪同士の間でお金がどんな感じで動いてるんだろうか?
中抜き、賄賂、キックバック。
舛添さんの一連の報道が一瞬で霞んでしまうほどすごいことが行われているだろうことは想像に難くない。

そしてODAで現地人が幸せになるのか??という問題もある。
http://tobanaibutaha.blog37.fc2.com/blog-entry-270.html


これは僕がエチオピアを旅した時のブログです。
日本が誇るスーパーゼネコン鹿島建設が立派な道路と橋を作ってくれたようです。
エチオピアの為に!!

でもどうでしょうか?彼らの暮らしは変わったのかな?
愛知御プア

立派な橋と道路ができたけど、彼らの日常は微塵も変わらない。
もちろん就学もできない。腹も減っている。貧しい。
自分でもすっかり忘れていたけど、ギブミーバナナはわかるけど、ギブミーウォーターってかなりキテルよね。
「貴様らこんな立派なものを作ってもらっておいてまだ求めるのか?」と過去の自分が暴言はいてるけど、
猛省しなければいけない。別に現地の彼らがそれを求めてたわけじゃないから。
一部のエチオピアの上層部と日本政府と建設コンサルタントとゼネコンが勝手に決めただけの話なんだよね。

本当は現地の子供がしっかり学べる学校と医療環境や満足のいく食料を確保してあげることが一番いいんだろうね。
道路と橋でいくらお金使ったか知らないけど、そっちのほうがよっぽど安上がりな気がする。

なにが言いたいかってね。つまりはODAなんて所詮は先進国の自己満足。オ○ニーに過ぎないってこと。
やること自体悪いことじゃないし、やらないくらいだったらやったほうがいい。
それにみんなが満足のいく途上国支援なんて絶対に不可能。だから別に道路作って橋作ってってのが
悪いことではないと思う。
ただ、やっぱり自己満足なんだよ。これを自覚しなくちゃいけない。
自己満足なんだから提供する国に対して過度に何かを求めるのはナンセンス。
ODAは所詮自己満足



「私は日本人だ!」という発言をされた人はおそらくもう亡くなってしまっているので、
その発言の意図を知ることができない。
しかし、何かを与えてあげる側のおごりが見え隠れする発言に僕は感じてしまった。



そして、食事をしていた場所と時期。
各国の大使館が立ち並ぶ高級エリアにあるレストランで顧客はほぼ外国人

それだけでなにか感じるものはないだろうか??
く現地の最下層の人は逆立ちしたってそんな店に行くことはできないのだ。
おそらく一生ね。
自分たちの月収の何倍もする食事を楽しむ日本人。
そこで給仕をするのは安月給で働くバングラ人であろう。
日本とは格差が決定的に違う。そこには絶対に乗り越えられない高い壁がある。
我々日本人ってだけでそんなお店で当たり前に食事できるんだけど、
日本人ってだけでそんなに偉いんか?

そして時期の問題。
ラマダン中だよね。
そもそもラマダンの精神とは何ぞや??
富める人も貧しい人も皆同じ人間。ラマダンの期間は金持ちも貧乏人と同じように
自ら断食して飢えを感じて貧乏な人の気持ちになろうじゃないか!簡単にいうとこういうことだと思います。
(詳しい方で間違っていたいたら指摘してください。)

そんなラマダン中、富める人も貧しい人もみんな目線を合わせなければいけない時に、
大使館が立ち並ぶ高級エリアの高級レストランで食事をする。
ちょっと無神経じゃないかなー。信仰に対してのリスペクトが感じられない。
バングラディッシュって9割ムスリムなんでしょ?
こういうのってちょっとした気遣いだとおもうんだけど。

イスラム教に改宗しろってことじゃないし、イスラム教が正しいということでもないんだけど、
イスラム教徒がマジョリティーを占める社会でビジネスをしている以上、
相手の信仰に対する敬意とか理解が絶対必要だよね。
それがないんだとしたらそもそも開発援助なんてやるべきじゃない。
そこに心がないんだから。

つまりは日本人だろうがアメリカ人だろうがイギリス人だろうがフランス人だろうが、
そんな高級レストランで食事をしている時点で、搾取をしている側。
つまりこの社会の問題の根源だと思われても仕方ない。
極論言うとユニクロの服着てるだけでも加害者だと言えなくもないんだよね。
テロリスト目線で考えるとね。

激安ファッションの犠牲者 バングラデシュの悲劇とユニクロ「年収100万円」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20130502-00024673/



ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます。
では最初の「私は日本人だ!」発言に戻りましょう。

アメリカの同盟国でイラク戦争にも参加したイスラム世界の敵日本人。
ラマダン中にも関わらず、搾取したお金で高級レストランで食事をする日本人。
ODAで金はたくさん払っている。しかしそれが格差拡大や汚職、
労働力の搾取につながっていることに気づかない無知な日本人。



テロリスト「そうか。お前は日本人だな!」
結果はどうなるでしょうか??

I am a Japanese!!
So what??what does it mean??
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新幹線で70過ぎのお年寄りがガソリンをかぶって自殺を試みたようです。
50代の女性が一酸化炭素中毒なのでしょうか?煙を吸って巻き添えになり亡くなられたようです。
痛ましい事故ですね。

マスコミは例のごとく「JRの監視体制は?管理責任は?」とか「再発防止の為の手荷物チェックをすべきだ」とか
斜め上の議論がテレビでなされている。
全くもって無駄な議論だと思う。
100パーセント監視するなどそもそも無理な話だし、でかいスーツケースにポリタンク入りのガソリンを持ち込めば
誰も怪しんだりはしない。規制を強化してこの手の犯罪をなくすことなど不可能だということをまず知るべきだと思う。

この事件、元をただせば単なる孤独なお年寄りの自殺なんだと思う。
不幸にも一人が巻き込まれて亡くなったけど、きっと彼は殺すつもりはなかったと思う。
だから根っこは自殺。たけど自殺なら他にも手段があります。家の中でひっそりと一人で首を吊ればよかった。
(語弊があるといけないので注釈しますが、首つり自殺を肯定しているわけではないです。今回の件と首つり自殺を比較した時に社会に対して迷惑が少ないという点で首つりのほうがまだマシであるということがいいたいのです。首つりでも練炭でも自殺はよくない!!)

この件を自殺として見たときに、なにが一番の問題なのか?我々がどこに目を向けなければならないか??
それは以下の二点だと僕は思います。

①彼がなぜ自殺をしたのか??
②彼が自殺をした際になぜひっそりと一人で自殺することなく、社会に迷惑をかけつつ自殺をするという方法をとったのか??


自殺はよくない。そして周りを巻き添えにして社会に迷惑をかけつつ自殺することはもっとよくない。
たが、彼はそうせざるをえなかったんだろうと思う。

孤独、経済的な貧困。原因は多数あり、さらに入り組んだっ事情があるんではないかと思います。
でも推測するに一番の原因はやはり「『孤独』だったんじゃないかな?

守るものがない、迷惑かけたくない人が誰もいない孤独な人が
社会を恨み社会を呪っていたとしたらこれくらいのことをやってもなんら不思議はない。


彼はガソリンをかぶる前に同じ車両に居合わせた人に数千円を渡そうとしたらしいです。
そこで思い出したのが千と千尋の神隠しに出てきた「カオナシ」です。

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カオナシは人の欲望につけ込み手から金をだし、人の心を操ります。そして人々の欲望を吸収してどんどんふくれあがります。


カオナシ「 これ、食うか?うまいぞー。
金を出そうか?千の他には出してやらないことにしたんだ。
こっちへおいで。千は何がほしいんだい?言ってごらん。」
千 「あなたはどこから来たの?私すぐ行かなきゃならないとこがあるの。
あなたは来たところへ帰った方がいいよ。私がほしいものは、あなたにはぜったい出せない。」
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映画の中でこんなやり取りがあります。改めて宮崎駿ってすごいなあ。
70代の老人はきっとカオナシだったんだと思います。
そして不幸にも現代社会にはそれを止める千もハクもいないのです。

彼が求めていたのは明らかに人とのコミュニケーション。
なぜ彼をここまで孤独においやってしまったのだろうか。
周りが、家族が、社会が何かできることはなかったのだろうか。

彼は最後に近くの女性に「早く逃げなさい」と言って避難を促したようです。
その一筋の良心に僕は今後も期待したいと思う。

しかし多いよなあ。。こういう事件。
カオナシはみんなの心の中にいる。
気を付けなければなりません。
最近こんなネタばっかですね笑
イスラム国と同じくらい煙たがられるようなテーマな気がする。


でも個人的に思うこと、皆様に伝えたいこと、考えなければならないことがたくさんあると思ったので、
文章にしていきたいと思います。

とりあえず今回の出版にあたって自分の考えをまとめてみます。
絶歌。まあ当然賛否両論あると思うけど。
買いたい人は買えばいいと思うし、逆に買いたくない人は買わなけりゃいい。
でもめちゃくちゃ売れるだろうな。売れるのがわかりきっているから太田出版も飛びついたわけだろうし。


ちなみに自分は買わない。
正直いうと、知的好奇心でなぜ酒鬼薔薇のような人間が出来上がったのかすごい興味があるし、
動機が語られているのであれば是非読んでみたいと思う。

だけど、
被害者遺族が出版を中止すべき回収すべきといっている以上、
外野がとやかく口をはさむべきではないというのが自分の考えです。
俺は買わない!以上って感じです。

出版という行為は著者社会のコミュニケーションだと思う
しかしながら酒鬼薔薇が向き合うべきは社会ではなく、被害者と被害者遺族なわけです。
被害者遺族をすっ飛ばして本を出版して社会に何を訴えたいというのか?
おいおい!向き合う相手が違うだろう!

そして自己と社会との対話を試みているのに著者が元少年Aというのはどういうことなのか?
社会と対話を試みたいのは等身大の自分ではなく、元少年Aという符号や記号なのかな?
符号と社会を対話させて彼は何を見出したいのだろうか?
実名顔出しをした麻原の三女アーチャリーとは偉い違いだと思う。




んでは本題へ!
ブログのタイトルを「殺人を縛るものとは何か?」
としたのですが、現代日本人にとってよーーく考えなければならない問題を内包している気がしたのでしばしお付き合いください。
「印税を被害者に支払うべき」とかいう陳腐な議論に終始すべきではない。

はじめに皆様に質問したいと思います。
「人を殺しちゃいけないんですか?」
この強烈なメッセージ。
皆さんどう答えますか?
当たり前だろ!いいわけないだろ!あほか!
ってのが一般的な答えだと思います。
自分もそう思います。当たり前。常識ですよね。人を殺していいわけがない。

では次にもう一つ質問
「なぜ人を殺してはいけないのでしょうか??」
これに明快かつ論理的にこたえられる方はいますか?
皆さんならなんと答えますか?
こんな問答バカバカしいと思うなかれ。
もう少しだけお付き合い頂きたいと思います。

酒鬼薔薇本人はこう言っているみたいです。
yu.jpg

「どうしていけないのかはわかりません」
この部分かなり強烈に僕の印象に残りました。
これは彼の本心だろうし、いまだに彼はなぜ殺人がいけないのか?という
日本人誰もが疑いの余地がない常識的として片づけてしまう問いに対しての答えを本気で追い求め、
ついには答えを見つけられなかったんだと思う。

誰しも常識で片づけてしまう問題を、そうできなかった。常識として片づけることができずに、
結果人を殺してみたいという好奇心に負けてしまうわけですが。
なぜなのか?なぜ常識としてかたずけられなかったのか??
ここにスポットを当てない限り、彼を理解することはできない気がする。

被害者遺族にはかなり酷な言い方だけど、なぜやっちゃいけないかわかってないんだから
好奇心で殺人もやりかねないなというのが僕の印象です。

一般人の感覚、社会の常識で考えたら「そんなバカな!?」って話なんだろうけど、
もう一度皆さんに尋ねます。
「なぜ人を殺してはいけないのでしょうか??」

法律があるからでしょうか?
では法という観点で見てみましょう。
殺人といえば刑法。

刑法第199条
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。


つまり殺人を犯した者は死刑か無期か5年のムショ行きになるわけです。
日本の法律は殺人という罪に対して上記の刑事罰を与えます。
罰が嫌だから殺人をしないのでしょうか??


次に宗教で見てみましょう。
日本人の多くは一応仏教徒ですので、まずは仏教から。
仏教には五戒というものがあります。
つまりは5つの戒律。5つのやってはいけないことって意味です。
そこに不殺生戒があります。
つまりは生き物を殺してはいけない、無駄な殺生はしてはいけないという教えです。

キリスト教では、
モーセの十戒の中に「汝殺すなかれ」があり、殺人を禁止しています。
イスラム教徒にとっての啓典でもある旧約聖書の中でモーセの十戒が存在しますので
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教共通の教えと考えてよいと思います。
加えて、一神教は全ての創造者である神が存在しています。全ての創造者ですから、むろん人間を創造したのもの神。
人間の命というのは創造者である神のものという考えをします。
よって神のものである人の命を人間が好き勝手してはいけないのです、他殺はもちろん自殺も認めません。
それは全ての創造者である神の専権事項であるからです。

仏教の五戒があるから殺人はいけないことなのでしょうか?
モーセの十戒があるから殺人はいけないことなのでしょうか?

法律と宗教という二つの観点から殺人はなぜいけないか?に迫ってみたのですが、
皆さんはどうお感じでしょうか?明快な答えが得られたとお感じでしょうか???

次に具体的な事例を見てみましょう。
①忠臣蔵の仇討は?
②アメリカ合衆国から見る東京大空襲は?原爆投下は?
③現在も行われる中東への空爆は?
④パキスタンで行われたビンラディン殺害の軍事作戦は?
⑤断頭台の露に消えたマリーアントワネットは??
⑥安楽死をさせるために医療行為を行う医師は?それを看取る家族は??
⑦堕胎をする妊婦は??
⑧死刑執行の際の許可を出す法務大臣は??

「殺人」をどう定義するかにもよりますが、仮に殺人を「人が人を殺める」と定義した時に、
上記の8例も殺人と言えるのではないでしょうか???
詳しく見てみましょう。


①忠臣蔵の仇討
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まぎれもない吉良上野介殺人事件でしょう。しかし今では年末の風物詩として舞台、映画、テレビドラマになるまで昇華しています。
殺人=文化芸能??










②アメリカ合衆国から見る東京大空襲は?原爆投下は?
ダウンロード
原爆投下は太平洋戦争を終結せしめ、戦争が更に長期化し本土決戦となった際にでたであろうより多くの戦死者の命を未然に救った尊い行為である。(被爆者及び関係者の皆様気分を害されたとしたらすいません。本意ではありません)
殺人=正義??










③現在も行われる中東への空爆は?
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極悪非道の殺人テロリスト集団ISISからイラク、シリアの民を解放する平和の為の空爆
殺人=平和??










④パキスタンで行われたビンラディン殺害の軍事作戦は?
ダウンロード (1)
USA!USA!ビンラディン殺害当時のNYCの熱気。人は時として殺人事件に対してお祭り騒ぎにもなるようです。
殺人=歓喜??










⑤断頭台の露に消えたマリーアントワネットは??
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崇高な自由、平等、民主主義の為のギロチンによる尊い殺人。
殺人=自由、平等??










⑥安楽死をさせるために行為を行う医師はそれを看取る家族は??
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本人が望む尊厳ある死。しかし人は勝手には死ねません。
殺人=尊厳??










⑦堕胎をする妊婦は??
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妊娠22週までの胎児は人口中絶が認められています。
殺人=女性の幸福??










⑧死刑執行の際の許可を出す法務大臣は??
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法治国家日本では法務大臣の個人的見解。生死感、法律感によって死刑囚の運命が変わるようです。
法務大臣の意思で結果が変わるということは法務大臣は殺人者といえるのではないでしょうか?
鳩山邦夫は死神でしょうか?
法務大臣=殺人犯??






ちなみに緊急避難というものが日本の法律でも認められてます。
いわゆる「カルネアデスの板」というやつ。

つまり自分の生存を脅かす状態においては相手を蹴落としてでも生き残ることができる権利です。
近代法である日本の法律においても時として殺人は容認されるわけです。
緊急避難における殺人は殺人ではないのであろうか??


最後にもう一度同じ質問をしたいと思います。
「なぜ人を殺してはいけないのでしょうか??」


自分の考えを言います。
自分なりの結論は、「ダメなもんはダメなんだ」
殺人なんてものは理屈じゃなくてダメなものはダメなんだ。
ってとこだと思います。
なんでやっちゃいけないのか?と言われても、とにかくダメなものはダメなんだ。
理屈じゃねーんだよ!!ってやつですね。

これを教えるのは紛れもなく親の役目なんだと思います。
理屈じゃない部分の善悪、道徳的規範、命の大切さ。
これはやっぱり親が身をもって教えないといけない問題なんだと思う。
屁理屈こねんと身体でわからせる。一切の曖昧さを排除して。
残念ながら酒鬼薔薇の親はそれができなかったんだろうと思います。


今日本人と日本社会は大きな岐路に立っていると思う。
何を基準に物事を判断すればいいのか?
何が善で何が悪なのか?何に涙を流し、何に喜び、何に愛し、何を憎み、何に笑うのか??

合法か非合法か?
善か悪か?
道徳的か非道徳的か?
常識か非常識か?
社会的か反社会的か?

同じような意味合いだけど、全てが非対称に作用している気がする。
ごっちゃごちゃのカオス。

これからの日本人が大切にすべきものとはなんでしょうか??
法律でしょうか???日本国憲法でしょうか???合法、非合法だけ考えていれば日本人は幸せになれるでしょうか?
人の道を踏みはずさずに済みますか?
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上小百合議員は比例当選のくせに維新を除名された後も無所属で国会議員として居座っています。
彼女の言い分はこうです。
「法に触れない限り、議員の身分は奪われない」
法律の範囲内で当然の権利を主張しているだけなのになぜ彼女は批判されなければならないのか?
何を根拠に彼女は批判されなければならないのか?法律的にはOKなのに。

法律が日本人の拠り所として機能することはないと思います。
今後もきっと。


では何が日本人のよりどころになりえるのか??
答えは歴史にあると思います。
日本人とは何か?日本人の美意識とは?日本人の善悪感とは?日本人の了見とは?
我々は今一度考え直す必要があるのだと思っています。

僕自身兵庫県民で直接関係がないので詳しく都構想の中身まで精査したわけでありません。
ただ、個人的に橋下さんが好きなので僅差で惜敗ということでとても残念に思っているわけです。

世の中では
「わずか一万票の僅差で負けた!」とか
「反対してるのは70歳以上のお年寄りだけだ。」とか
「北と南で支持が完全に割れた。」とか
「自民民主公明共産ほとんどの政党が反対に回った。」とか


色々言われてますが、僕は少し違った角度で考えてみたいと思います。
それは『デモクラシー』


ブログのタイトル通り今回の都構想とデモクラシー(つまりは民主主義)について思うところがあったので
書いてみます。お付き合い頂けるととてもうれしく思います。

ではデモクラシーとはなんでしょうか??当たり前ですが民主主義のことです。
ちょっとウィキりましょうか!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9

だそうです。
なんだかよくわかりにくいですが、
諸個人の意思の集合をもって物事を決める意思決定の原則・政治体制だそうです。
つまり国民主権で、みんなで考えて物事を決めていきましょうという制度のことだと思います。

ちなみにわが日本国は民主主義国家であります!!
それは疑いようもない事実です。社会の教科書にもそう書いてあると思います。

では果たして日本人がデモクラシーというものをどれくらい理解して、どのくらい自分のものにしているか。
と言われたら皆さんどう考えますか??

民主主義国家とはなんでしょうか?日本は世界に誇れる民主主義国家になっていますでしょうか?
僕は残念ながら違うと思います。
だからそこ今回のブログのタイトルを『デモクラシーの胎動としたのです。

なぜでしょうか??
それはこのような理由からです。
私の尊敬する小室直樹先生は民主主義の第一歩、民主主義の基礎、土台は
『政治家が選挙公約を守ること。そして選挙公約を守れないとわかったら職を辞すること』
このように言われました。
当たり前のことだと思います。

デモクラシーとは「諸個人の意思の集合をもって物事を決める意思決定の原則・政治体制」ですから
公約を掲げて選出された諸国民の代表である政治家が公約を守り、
その公約が守れないとわかれば辞任をする。至極まっとうで当たり前のことだと思います。

ではわが国日本を見てみましょう。
政治家が公約を守る(笑)
数年前思い出してください。
民主党政権時代高速道路は無料化実現しましたでしょうか?子供手当は?年金は?
民主党のマニュフェストは守られましたでしょうか?
そして守られなかったときに民主党は潔く下野しましたでしょうか?
鳩山さんに限ってはやめるのをやめるというウルトラC級の離れ業、引退撤回をやってのける始末。

「記憶にございません」「誠に遺憾に思います」「辞任するとは言ったがいつ辞めるとは言っていない」
脂汗をだらだら垂らしながら鞄に入ったはずの5000万円のダミーの札束を押し込もうとする元都知事
パソコンにドリルで穴をあけて証拠隠滅を図る群馬のお姫様
政治家の嘘や悪事は枚挙にいとまがありません。

正直な政治家を探すほうが難しいのではないでしょうか?
そして国民も当たり前にそれを認めてしまっている。
政治家は二枚舌で嘘をついて当たり前。政治家は何色が好かって?玉虫色!
選挙公約など選挙前のアピールでしかなく、守られなくても仕方ない。
こう思っている方が大半だと思います。

このような状態で日本は本当に民主主義国家といえるのでしょうか?



そうです。非常に残念なことにわが日本国は民主主義国会を標榜していながら、
民主主義の基礎中の基礎である政治家が公約を守ることが全くできていない。
そして公約を守らない政治家を見ていても国民は何もしようとしない。
非常に幼稚な借り物の民主主義国家だと言えると思います。

なぜこうなってしまったかは長くなりそうなので置いといて、
ただ、ブログ読者の皆様もなんちゃって民主主義国家日本の
問題点に気づいていただけたのではないでしょうか。

では今回の大阪都構想の住民投票を見てみましょう。
事実だけを抽出します。
①住民投票の結果、都構想は反対多数
②都構想は断念
③橋下さんは引退表明

いかがでしょうか?
とっても民主主義的な行為だと思いませんか?
今までの政治とは全く異質なもの。
玉虫色じゃない、白黒はっきりし過ぎるくらいはっきりしてます。
本当にわかり易い程の民主主義的行動だと僕は感じました。
住民投票で反対多数となった。だから都構想は諦める。そして政治生命をかけて進めていた
大阪都構想が否定された以上、責任ある政治家として身を引く。


会見で笑顔で橋下さんが「民主主義は素晴らしい」と民主主義を礼賛しているシーンが
私にはとても印象的でした。

橋下さんがなぜあんなにすがすがしく笑顔で会見していたのか?
当然悔しい思いもあります。そして69万人以上の賛成を得ていたのも事実ですから
応援してくれていた人への申し訳ない気持ちもあると思います。
でも彼は終始笑顔で会見した。
それは自分の辞任というものが崇高な民主主義の礎になるという確信があるからこそ、
すがすがしい笑顔をされていたのではないかと僕は感じました。単なる推測ですが。

記者会見の時、民放各局NHK大手新聞社はこぞって「本当に辞めるんですよね??」の念押しに躍起でしたね。
そりゃそうです。政治家は嘘をつきます。
マスコミは大嫌いな橋下徹が辞めてくれなきゃ嫌なんです。
会見を見ていて、そのマスコミの腐った姿勢に心の底から嫌悪感を感じてしまいましたが、
マスコミの皆様ご安心ください。
橋下さんは本当に辞めると思いますよ。
なぜなら、彼が民主主義の本質を理解していて、日本の民主主義の発展の為に
自ら身を引く覚悟をもって勝負に挑んでいたからです。
いわば政治家橋下徹は民主主義に殉じたということだと思います。

白洲次郎はサンフランシスコ講和会議で日本が国際社会に復帰した後にこう言いました。
「私は、“戦後”というものは一寸やそっとで消失するものだとは思わない。我々が現在声高らかに唱えている新憲法もデモクラシーも、我々のほんとの自分のものになっているとは思わない。それが本当に心の底から自分のものになった時において、はじめて“戦後”は終わったと自己満足してもよかろう」

いよいよ戦後が終わりを告げようとしているのかもしれない。
民主主義の胎動が始まった。そんな気がした日曜の深夜だった。

前回の続きです。三つめのキーワード。
③『安倍政権の対応』
主にテレビを中心に安倍政権への批判が多く見受けられました。
結果として二人の罪もない邦人の命を失ってしまった。これは事実です。
そしてその一定の責任は政府にあるわけですが、
過度に政権批判をすべきではないと僕は考えています。
むしろ今回の事件に関しては甘めに採点をしてしかるべきだと僕は思います。

なぜか。どちらの結果になっても批判されるからです。
今回の結果は二通りしかなかった。人質殺害と人質救出。当たり前だけど。
残念ながら人質殺害という最悪の結論になってしまったわけだが、
政府は二人を見殺しにしたという批判を受けている。
では、もし人質が救出されていたら??やっぱり批判されていたと思う。
政府の公式の立場は、実際には身代金を払っていたとしても払っていないというのだろうし、
でも、普通に考えたら金を払わないで解放されるなんてことは考えにくい。
どうせ金を払ったのだろうと政権批判されることは明らかです。

結局どうやっても批判される。
そして誰が首相をやっていてもそんなに変わらない結末を見ていたのではと思います。
鳩山さんとか菅直人さんが首相だったら違う結果がでていた可能性があるかもしれませんが、
それは推して知るべし!

では具体的にどんな批判なのか見ていきましょう。

「人質が捕まってる状況で中東に行ってイスラエルでISISを挑発するような発言をするというのはいかがなものか!想定できていたのか?」「安倍さんが中東へ行かなければ」とか「イスラエルで二億ドル払うと言わなければこんな事件は起こらなかった」「トルコと連携していたら」とか「政府は二人を見殺しにした」「もっとヨルダンに強硬に人質交換を促せ」「中田考氏を活用せよ」「石堂さんと面会せよ」
等々

他にもあると思いますが。
見る限りあまり整合性が取れている批判がないように感じます。
青山繁晴さんのコメントが一番納得いった。
興味があったら聞いてみてください。


さすが晴。名前がいいですね。
テロリストの顔色見て外交しろというのか!?まさにその通りだと思う。

安倍政権を批判されたい方はすればいいと思います。
ただ、それと同時に自分の立場を明確に示す。そこが大事。
日米関係、生命権、対テロリズム、対中東、こういった問題に対して明確に自分の立場を示して初めてまともな批判ができると思う。
「人命最優先」「人命第一」で思考停止している人達の政権批判はどこか薄っぺらい。
人殺しが悪くないわけがない。そんなことは小学生でもわかります。
人殺しが、そして見殺しが間違っていることだと知りながら。
今回はやむなく見殺しにせざるをえなかったとうことです。



いずれにしろ思うところがあるのであれば、選挙という民主的な手続きを経て政治家になり、
堂々と主張すべきではないでしょうか?
安倍政権は選挙という民主的な手続きを経て選出された代表なわけです。
皆さんが選んだ国会議員が彼を選出したことを忘れてはいけません。





最後に一番の肝心な部分です。
④『命の重み』
皆さんも今回の事件を受けて色々感じることがあったと思います。
事実僕もFBに数度投稿をして、二年間放置していたブログまで書いてます。
個人的に思うところがあったので。

なんの罪もない日本人が殺害されたのです。
この「なんの罪のない日本人」ということが非常に大事なことだと思います。
ISISと湯川さん、後藤さんの間に利害関係や敵対関係はありません。個人レベルではゼロです。
ではなぜ??
なぜ罪のない人が殺されなければならないのでしょうか???
皆さんは心の中でどういう結論をだしましたか??
このブログを読み進める前に一度目を閉じてその理由を考えてみてください。




















A、「それは彼らがシリアにいたからです。」と答えた人は、シリアにいた→いなければ殺されなかった→シリアに行った本人が悪い=自己責任となるわけです。

A、「安倍さんが見殺しにしたから殺された」と答えた人は、安倍さんが適切に対応をしなかった。→適切に交渉を進めていれば助かったかもしれない→政権批判とこうなるんだと思います。

答えは無数にあります。どちらが正しい正しくないかは論じません。人の数だけ答えはあります。


それでは事実だけを切り取ってみてみましょう。
なんの罪もない(日本人)が(ISISテロリスト)に殺されました。
上の文章は事実ですね。多くの日本人はこの事実に憤り、悲しみ、そして怒っている。
そうですよね??

ではここで一つの実験をしてみたいと思います。
()に違う言葉を代入してみるとどうなるのか?
なんの罪もない(リビア在住の外国人)が(イスラム過激派)に殺されました。
二週間前の出来事です。8人亡くなっています。
ニュース毎日新聞より
日本人の態度はどうでしょうか?無関心。そもそも知らない。知っていてもそんなに興味がない。
こんなところでしょうか??でもここで注目したいのは
なんの罪もない人が殺されているという客観的事実があるということ。


ではもう一度別のワードで代入してみましょう。
なんの罪もない(シリアの民)が(アメリカ有志連合の空爆)に殺されました。
有志連合は数百か所の空爆を既に行っています。空爆には当然誤爆がつきもので、
民間人が多数被害にあっていることは誰でも想像できるのではないでしょうか?
では、これに対する日本の態度は?
やはり無関心、そもそも空爆をするという本当の知らない。
知っているけど自分には関係ない。
やはりこんなところではないでしょうか??

我々日本人は何に対して大騒ぎをしているのでしょうか?
そして何を黙殺しているのでしょうか?

今もシリアで、イラク、パレスチナで罪もない命がなくなっています。

上記から浮かび上がってくるのは「日本人」ということです。
結局のところ私たちは日本人が中東で誘拐され、日本政府日本人を救出することができず、テロリストにより日本人が無残に殺害された。
ということに我々日本人は興味関心を持っているということではないでしょうか??
日本人の命だから尊いのでしょうか?


そしてその「同じ日本人だから」という価値観、同朋意識はそこまで大事にしなければいけないものなのか?と僕は思いました。

ちなみに自分は愛国者です。右か左かといったら右です。
バリバリの保守です。たまにSAPIOとか読みます。朝日新聞は嫌いです。櫻井よしこ女史は大好きです。
ただ、今回浮かび上がってきた薄っぺらい日本人同朋意識にはどうも同調できません。

これは事件発覚当初から感じていたことですが、
僕は湯川さん後藤さんに対して特別な感情を抱くことはできませんでした。殺害された後もです。
だって、世界は不条理で私たちが知らないだけで罪のない命が今日も奪われている。
考えてもキリがないし、無意識で黙殺しているからみんな普通に生きていけるんだと思う。
そしてたまに罪滅ぼしでユニセフに募金とかしたりなんかして。

だから僕は必要以上に感情移入しないし、それでいいと思っている。
だって他人だもん。
それに対して不謹慎でけしからんと思うのようでしたらどうぞ。といった感じだ。

でもそんな僕でも大事にしているものがある。
それはなにかといわれれば、

家族です。
友達です。
お世話になった方々です


FB米

これは1月23日に自分のフェイスブックで発信したものなのだけど、
基本的な自分の考え方はお二人が不幸にも殺害されてしまった今も変わっていない。

だから僕はこの問題の根っこを家族に求めたい。

後藤さんのこと、石堂さんのことそして湯川さんのこと
あまり家庭の問題を深く詮索するつもりはない。
家族にはその家族にしかわからない問題があるし、複雑な事情があるので。



しかし、きっかけを作った湯川さん、後藤さんの周りが、家族が、友人が
本当に抑止力になることはできなかったのでしょうか??

①「息子が民間軍事会社を立ち上げてシリアに行くといったときに父親はどういう行動をすべきでしょうか??」

②「息子が結婚した時に母親は何をすべきでしょうか??」

③「息子に子供ができて自分がおばあちゃんになった時に母親は何をすべきでしょうか?」

④「妊娠中の妻を置いて息子が紛争地に行くと言ったときに母親は何をすべきなのでしょうか?」

僕の母親は、僕が身重の妻を日本に置いて自分が紛争地に行くと言ったら
身体を張ってでも止めると思います。そういう親に育てられました。

まあその事実を知らなかったら止めようがないのですが、
そもそも知らないということ自体が家族にとっての大問題です。


僕は同じ状況になったとしても絶対にシリアには行かない。
なぜかというと、愛する家族がいるからです。大切は友人がいるからです。
お世話になった方々がたくさんいるからです。
万が一があった時に悲しませる人がいるからです。
迷惑をかけたくない大切な人がいるからです。

奥さんからみたら「夫」であり、両親からみたら「息子」であり、友人からみたら「よき友人」という
なんでもない役割のほうが僕にとっては遥かに重要です。
仕事とか、使命とか、正義感とか、宗教観とか、ジャーナリズムとか、赤の他人の命とか
本当に大事なことなのでしょうか?

これからさらに混沌とした世の中になっていく気がしています。
北大生がISISに参加しようとしてみたり、
名大生が斧で他人の頭をかち割ってしまったり、
宗教家を育成する立場の人間の息子が人を殺めてしまったり、
秋葉原では誰でもいいからと7人も無差別殺人をした人が死刑になったり、

本当に彼らの家族と友達は抑止力になることができなかったんでしょうか??
彼らはただのサイコパスなのでしょうか?
サイコパスって便利な言葉ですね。

この機会にぜひ皆さんにも考えて頂きたい。
自分にとって本当に大切なものはなんなのか??
世の中の動きや日本人全体に目を向けろ!とはいいません。
少なくとも自分の家族、友人、かかわった方々を大切にするだけで、
少しずつ世の中が良くなる気がしませんか?
僕は目の前の人たちと目の前の景色だけしか見ることはできませんが、
これからも目の前の人たちを大切にしていきたいと思っています。




以上長々読んで頂き感謝です。
これからも書きたくなったら書くと思います。
引き続きお付き合い頂けるとこれ幸いです。

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