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いよいよ年明けからDAKARラリーが始まりました。
パリダカの愛称で日本人にも知られているラリーですが、今はパリもセネガルのダカールも通らない
南米のチリ、アルゼンチンを舞台にしています。
今年はダカールラリーのルートが変更されていて、かなり北上するとのこと。
ペルー国境のAricaという街までやってくるみたいです。
もしかして間に合うかも!!

クエンカからアリカまでは約3000キロ。
一日500キロで刻めば6日で着く道のりです。
ただペルーは観光できなくなるけど。。。

でも色々考えるとやっぱりみたい。。
マチュピチュ観光なんかより絶対有意義なものになる気がする。
だからコレサンと二人でチリまで行くことに決めました。
これでマチュピチュに行かなくてもいい理由もできた。(正直行きたくなかった。)

コレサンと二人で走ります。
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初日は結局国境のガソリンスタンドがしまっていて国境の町で宿泊することに。
ペルーはガソリンが高いのでエクアドルで満タンにしておきたいのです。
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更新がだいぶ滞ってしまってすいません。
ちょっと訳あって、5日で3000キロという強行スケジュールを慣行したために、
全くネットをする余裕が無くなってしまいました。
それについては後日ということで。。

皆さんもうすっかり正月気分なんてものはぬけてますよね。。
だいぶ前の話ですが年末年始はクエンカというエクアドル第三の都市で過ごしました。
標高2500メートル位でまあキレイなコロニアル都市です。

コレサンとオリエさんもガラパゴスから帰ってきたので、三人で餅米から餅をついたり、

おしゃれカフェに行ってイチゴタルトとか食べたり
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フーゴというフルーツジュース。だいたい一杯50セント位。日本も見習って欲しい価格です。
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豚の丸焼き。
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そんな感じのまったりした年末年始。
本当は年越しはウシュアイアの予定だったんだけど、だいぶずれてます。。
ちょっと今後が不安になる。。

年明けはいつの間にか明けていました。
まあこんなもんでしょう。。。
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2011.01.01 謹賀新年
あけましておめでとうございます。
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。昨年はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。
いよいよこの旅最後の年となりました。
悔いの残らぬよう、限られた時間を精一杯楽しみたいと思っています。
本年もよろしくお願い申し上げます。

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佐藤繁 平成23年 元旦。
チンボラソ登山で心身ともに消耗しきっていたのでバーニョスというエクアドルでも有名な温泉地に向かうことにしました。そうです。休息が必要です。

ここがリオバンバでの僕の常宿。7ドルとちょっと高いが、親父はまあまあいいやつだし、
何より中庭のパーキングが広い。でもシャワーの夜はぬるい。。
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そしてバーニョスへ。
まああまり期待はしていなかったが、案の定こんな感じだ。
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湯船は二つあり、完全にスイミングプールと化しているものと、温度が高めでまあまあなやつがある。
僕はもちろん温度高めのほうにつかる。
南米人は熱いお湯が苦手なのか熱めのほうにはあまり人がいないのでそこそこゆっくり入れました。
評価はなんともいえません。
50点位かな。北米の温泉よりはましだけど、また来たくなるというものでは決して無いですね。
自分で金払うんだったらもうこねーよこんなとこって感じです。
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色々と海外の温泉につかってきましたが、今のところのマイベストはキルギスのアルティンアラシャンですね。
あの温度と雰囲気。最高です。
キルギスがアジアだからなのか。やっぱり僕の感性に合う。自分が改めてアジアの人間なんだと実感。
早くアジアに行きたい。。



サトウキビのジュース屋さんが並んでいた。
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両親と観光したカイロ辺りを思い出させる。だけど僕はあんまり好きじゃないんだ。これが。
コカコーラでも飲んでたほうがよっぽど美味いと思う。
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それでは皆さん良いお年を!!
夜10時起床。つうか一睡もできなかった。しかし吐き気頭痛は無し。
睡眠時は呼吸が浅くなるので高山病にかかる確率が高いらしい。
とりあえず5000メートルでは高山病は大丈夫そうです。
まあねてないんだから当たり前か。だから眠れなかったのかもしれないし。


小雪が降る中11時には出発。星は出ていないが風はなく静か。
天気は悪くないんじゃないでしょうか。ヘッドライトの明かりだけを頼りにファビアーノと進みます。
道はこんな感じです。ひたすら雪。
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雪が深くなって傾斜がきつくなった頃にクランポンを着け、ファビアーノとザイルを結ぶ。
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そして登り続けるものの、思った以上にキツイ。
雪上歩行にあまり慣れていないせいか、すぐに雪に足をとられる。
その度に余計に体力を消耗していくのがわかる。
おまけに高度。
5500メートルを越えた辺りか、息が切れるのが明らかに早くなる。
5歩歩くとファビアーノに思わずモメント!!と一言。そして休憩。

5歩歩いてはモメント。5歩歩いてはモメント。そのうち5歩が3歩に変わる。
それでもファビアーノはザイルをぐいぐい引っ張って俺を上に上にと導いてくる。

そんなことを繰り返して5780メートルまでやってきた。時間は4時前。
明らかにペースは落ちている。朝の7時が登頂のリミットである。
(チンボラソは途中に雪崩エリアがある為、雪が柔らかくなる午後は危険なので登れない)


ファビアーノと相談。
身体には軽い頭痛と吐き気を感じる。
もう少し頑張って上に行く余力はあるものの、頑張ってもおそらく6000メートルまでが限度だろう。
そこからさらに300メートルの高度を7時までに上り詰めるイメージは全く無い。
そしてもちろん下山の体力も残しておかなければいけない。


結局僕らは登頂を諦め、ここから下山することに。
ドン加藤さんも行っていた。危険と困難は違う。しっかり見極めなければいけない。
ガイドが着いているとはいえ、自分の力だけで下山できなければ山を登る資格なんてないんだ。
ましてやここは5000メートルの雲の上。。



そしてしばらくすると東側の空がにわかに明るくなってくる。
すると、2つのヘッドライトが上から降りてくる。先を行っていたオーストリア人だった。
彼も5900メートルで諦めて引き返したようだ。
彼はすでにコトパクシにも登頂していて一番高度順化が進んでいたのだが。残念である。
ベネズエラ人は5500メートル付近でとっくにリタイヤしていた。
結局この日の登頂はゼロということです。

せめて誰か登ってくれればと思うとともに、自分だけじゃなくて良かったというあさましい気持ちが同時に浮かんでくる。
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下山時。下るだけだから楽勝だろうと思っていたが、コレが辛い。
高山病のせいか下りでもすぐに息が切れてしまう。3歩下って深呼吸。3歩下って深呼吸。
こんな感じだ。
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まさに満身創痍でウィンパー小屋までたどり着く。眠い。苦しい。そして気持ち悪い。
極度の疲労と高山病でもう靴紐すら解けないほど消耗していた。
登山靴のまま小屋のベッドに横になる。そのまま仮眠。2時間位眠っただろうか?
高山病の症状は軽くなっている。5000メートルで直るってのはどういうことだろうか?
少しは身体が強くなった証拠かもしれない。


そしてウィンパー小屋から目にしたチンボラソはびっくりするほどキレイだった。
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敗者の顔。
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とりあえず、そのままリオバンバの街まで帰り仕切りなおしをすることに。
再チャレンジするか。もう一度じっくりと考えてみます。
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